歴史
このカクテルを考案したのは、フェリックス・キール(キャノン・フェリックス・キール/Canon Felix Kir)である
。
このカクテルが世に出たのは、 第二次世界大戦 後のこと
。
第二次世界大戦が終わったのは1945年であるが、すでにこの年には考案されていたとも言われる
。
この第二次世界大戦後というのは、ブルゴーニュ産のワインの出荷が伸び悩む状態が続いていたのだが
、このことがこのカクテルの誕生に影響しているとされる。と言うのも、ディジョン市と言えば、ブルゴーニュ地方の中心的な都市として知られているが、ここはワインの生産が盛んな地域であり、ワインが売れないというのは地元経済にとって大きな打撃となるからだ。そんな時、ディジョン市の市長の座にあったフェリックス・キールが
、白ワインをベースとしたカクテルを創作して、それを普及させることで、地元のワインの販促を図ることにしたのである
。
ディジョン市周辺は、 カシス や ブドウ の栽培が行われており、カシス・リキュール
や白ワイン
も生産されているわけだが、フェリックス・キールは、この両方の酒を使った、このカクテルを考案した。彼はブルゴーニュ地方特産のアリゴテと言う辛口の白ワインと、同じくブルゴーニュ地方特産のクレーム・ド・カシスと言うカシス・リキュールを用いて、このカクテルを作ったのである
。
このカクテルで地元の産物を宣伝し
、それにより、両方の酒の販促を狙い
、また、ブルゴーニュ地方の農業振興にもつなげようとしたのである
。
そして、このカクテルを普及させるために、ディジョン市の公式歓迎会(レセプション)では必ずこのカクテルを供するなどのPR活動を行った
。
なお、この時、このカクテルを 食前酒 として薦めていた
。
ともあれ、このようなPR活動の結果、このカクテルは普及し、いつしかこの「ディジョン市公式カクテル」は、市長の姓にちなみ「キール」と呼ばれるようになったのである
。
このキールは、 ヨーロッパ において、1960年代には広く飲まれるカクテルとなっていた
。
この結果、 フランソワーズ・サガン の『1年ののち』に登場するなど
、文学作品にも取り上げられるようになった。
ちなみに、このカクテルを創作した理由として、酒の販促という目的があったのは先述の通りである。ところで、日本で クレーム・ド・カシス の販売量が伸びるきっかけとなったのは、このカクテルが流行したことによるわけであり
、これなどは実際に販促につながった例だと言うことができる。
標準的なレシピ
- 白ワイン : カシス・リキュール = 4:1 〜 9:1
作り方
カシス・リキュールを入れた ワイン・グラス に、よく冷やした辛口の白ワインを注ぎ、軽く ステア する
。
なお、一般的なコールドドリンク(冷たいタイプのカクテル)とは違って、このカクテルの作成過程には、氷を使用して材料を冷却する工程が無い上、グラスにも氷が入っていないので、カシス・リキュールも含めて、材料はあらかじめ良く冷やしておくことが望ましい。同様にグラスもよく冷やしておく方が、より望ましい。
備考
- 本来の「キール」は、白ワインにブルゴーニュ産のものを用いるものだなどと言われる。特に、「ブルゴーニュ・アリゴテ」(Bourgogne Aligoté) など、アリゴテ種のブドウから造られたワインを用いるものだとされる。事実、ブルゴーニュ地方では、キールを作る際、このブルゴーニュ・アリゴテというタイプの白ワインを使用する。
- カシス・リキュールは、しばしば「クレーム・ド・カシス」(Creme de Cassis) が指定される。
- 白ワインとカシス・リキュールの比率は、飲む人の好みで加減して構わない。実際に、白ワインとカシス・リキュールの割合を4:1とするレシピもあれば、5:1、9:1などのレシピも存在する。
- カシス・リキュールの割合を減らすと、辛口となる。逆に、カシス・リキュールの割合を増やすと、甘口となる。したがって、既述のようにディジョン市の公式歓迎会では食前酒として出されていたわけだが、カシス・リキュールの分量を増やせば、 食後酒 にも向くという意見もある。
- カシス・リキュールを入れ過ぎると、ワインの風味が薄れるため、ワインの味を生かすためには、仕上がりの色合いを考えながらも、カシス・リキュールを控えめに入れると良いとする意見もある。なお、これを フランス人 は「(クレーム・ド・カシスの量は)涙3滴ぐらいが良い」と表現したりもする。しかし、逆にカシス・リキュールの量をケチると良い出来にならないという意見もある。
- 白ワインは、原料のブドウの品種や産地などは指定されずとも、特に辛口(ドライ)なものが指定されることがしばしばある。
- 白ワインを先にグラスに注ぎ、後からカシス・リキュールを入れるとするレシピも存在する。なお、この場合、 比重 の関係で自動的に2つの酒が混ざるので、ステアは行う必要がないとされることもある。
- 白ワインに限らず、ワイン一般は開栓するとすぐに劣化するので、開栓したばかりの白ワインを使用するのが望ましい。
- グラスは、ワイン・グラス以外にも、フルート型のシャンパン・グラスを使うこともある。さらには、 ゴブレット でも良いとされることもある。
バリエーション
- キール・ロワイヤル (Kir Royal)
- キールの白ワインを、 シャンパン に変えると、「キール・ロワイヤル」となる。
- なお、シャンパンを使用するものの、キール・ロワイヤルが生まれたのはフランスの シャンパーニュ地方 ではなく、 オーストリア の ウィーン である。
- キール・インペリアル(Kir Imperial)キール・アンペリアル (Kir Impérial)
- キール・ロワイヤルのカシス・リキュールを、フランボワーズ・リキュール( キイチゴ のリキュール)に変えると、「キール・インペリアル」となる。
- なお、キールを基準として考えると、キールの白ワインをシャンパンに、カシス・リキュールをフランボワーズ・リキュールに変えたものが「キール・インペリアル」である。
- マルキ、マーキー(Marquis)
- キールのカシス・リキュールを、フランボワーズ・リキュールに変え、使用する白ワインを、フランスの ロアール地方 で生産されている ミュスカデ に変えると、「マルキ」となる。
- キール・カーディナル (キール・カルディナル)(Kir Cardinal)
- キールの白ワインを、 赤ワイン に変えると、「キール・カーディナル」となる。なお、キール・カーディナルは、しばしば、単に「 カーディナル 」と呼ばれる。ただし、赤ワインは赤ワインでも、ボジョレーを使わねば「カーディナル」とは言えないとする場合、つまり、ボジョレーの赤に限定される場合もある。
- ところで、カーディナルとは 枢機卿 という意味だ。カシス・リキュール以外にも赤ワインを使うので、当然赤色のカクテルに仕上がるわけだが、この赤い色を カトリック教会 の高位 聖職者 が身につける赤い ケープ に見立てて、「カーディナル」という名が付けられたのである。
- キール・ブルトン (Kir Breton)
- 白ワインの代わりにブルターニュのシードルを使う。
- キール・サヴォワイアール (Kir savoyard)
- 白ワインとしてサヴォワ産のワイン(特にルセット・ドゥ・サヴォワRoussette de Savoie)を使う。
- キール・パンプルムース (Kir Pamplemousse)
- 白のスパークリングワインにレッドグレープフルーツのリキュールを足す。
- キール・ペーシュ (Kir Pêche)
- ピーチのリキュールを使う。
関連したカクテル
「偽物のキール」という意味のフォー・キール(Faux Kir)と呼ばれるカクテルも存在する
。
なお、フォー(Faux)は フランス語 である。フォー・キールは、 ノンアルコールカクテル なので、全ての材料が酒であるキールとは別なカクテルであり、バリエーションのカクテルとも言えない、その名の通り「偽物」と言える。レシピは、ラズベリー・シロップ30mlを、適量の無色のグレープ・ジュースで割るだけだ。なお、フォー・キールにはレモン・スライスが飾られる場合もある
。
日本での扱い
日本でのキールというカクテルの広まり方には、1つの特徴がある。それは、カクテル、つまり、 酒 であるにも関わらず、 バー ではなく、 レストラン で先に取り入れられたと言う点だ。このように新しいカクテルの発信が、バーではなく、レストランで行われたというのは、日本の飲食業界史上において初めてのことであった
。
カクテルに関する情報の発信源は、それまでは基本的に バーテンダー によるものだったのである
。
日本でワインが一般的に楽しまれるようになってきたのは、1970年頃で、そんな中、1972年には、サントリーが「金曜日はワインを買う日」といったコマーシャルを流したりもした
。
時を同じくして、日本のレストランもワインの販売に力を入れる所が現れ始めた
。
そして、レストランでは 食前酒 を積極的にすすめるようになり、その後、この食前酒として、キールが定番となっていったという経緯がある
。
対して、当時の日本のバーは、 アルコール度数 の高い酒を飲む客を主な相手としており、ワインは 洋酒 の範疇に入る酒とは見なさず、酒場に揃えるべき酒ではないという風潮があった
。
そんな中、キールの流行が日本のレストランで発生したのである。このキールの流行を受け、相変わらずワインは酒場の酒ではないとして捨て置いた保守的なバーテンダーと、慌ててワインやワインを使用したカクテルも取り入れていったバーテンダーとに分かれた。後者のバーテンダーには、比較的若いバーテンダーが多かった
。
したがって、時間の経過と共に、日本のバーでもワインが商品として加わってゆき、同時に、このキールもバーで作られるようになったのである
。
このように日本では、キールは主にレストランなどで飲まれてきたカクテルであり、このカクテルが日本のバーでも広まったのは、1980年代になってからである
。
なお、こうして日本でも知られるようになったキールは、 森瑤子 の『誘惑』に登場するなど
、日本の文学作品にも取り上げられるようになった。
注釈
- ^
フェリックス・キール(Felix Kir)は、92歳で亡くなる直前まで20年以上に渡り、ディジョン市の市長を務めた。彼には数々の逸話があることで有名であり、カクテル関連書籍でもしばしば紹介されるが、カクテルと直接の関係が無い逸話については、「 フェリックス・キール 」の記事で述べることとし、本稿では、以降、カクテルのキールを中心に話を進めることとする。
- ^
カシス・リキュールはフランスで大量に生産されている リキュール の1つ。なお、クレーム・ド・カシスが初めて商品化されたのは、1841年。この最初のクレーム・ド・カシスを生産したのは、ディジョン市にあったラグート社である。
- ^
ディジョン市周辺では、辛口の白ワインが沢山生産されている。
出典
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